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バリアフリービジネスセミナー講演・研修から |
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2002年新春座談会 みえはバリアフリー観光でおもてなし
司会、進行コーディネーター:中村 元さん |
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【出席者】
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動きはじめた三重のバリアフリー
中村 三重県観光連盟の今年のテーマは「三重のおもてなしはバリアフリースタイル」。バリアフリー観光を県全体で推進し、高齢者、子どもさん、障害者の方々すべての人に三重に来てもらおうと。 北川 明治以後の日本の行政は「治山治水」等の社会資本整備の行政。しかし、現在の成熟社会では、それ以外の施策も重要になってきている。 中村 橋本さんを中心とした「伊勢ばりふり団」が、昨春にチェアウォーカー(車椅子生活者)のための情報誌『おでかけ!チェアウォーカー』を発刊しました。 橋本 たまたま出会った車椅子の青年と親しくなり、いっしょにどこかお出かけしたいなと誘ったんです。以前、雑誌の仕事をしていて、バリアフリーのある飲食店の情報も知っているつもりで、実際に行ってみると、段差があったり、狭くて通れなかったり…。意識しているつもりがしてなかったんだなと。 中村 高萩さんは障害者の方々が旅行に行ける環境作りをされていますが、実際どうですか。 高萩 会社を設立し約2年半ですが、バリアフリーが進み、最近は旅行に対して積極的なお客様が増えてきています。年間1000名ほど、旅行のお手伝いをさせてもらっています。 中村 それはなぜでしょうか。 高萩 そもそも旅行業、観光産業は集客がたくさんあればよいという、薄利多売による数の取り込みがベースです。結果、旅行に配慮の必要な人たちへの懇切丁寧なおもてなしの機能が失われている。 中村 溝口君は脊髄損傷でのチェアウォーカーですが、非常に行動派ですよね(笑) 溝口 僕の場合は少しなら立てますし、一人でどこへでも出かけられますが、そうでない人にとっては、段差があると一人ではもうだめです。それに、行く先々の場所についての、我々が必要な情報がまったくない。あってもそれをどこに行って聞けばいいかわからない。とにかく情報がほしいですね。 橋本 実際に行った人の話を聞かないとわからないのが現状です。 中村 高萩さんの会社に三重からも問い合わせあるというのは、結局ほしい情報がないから。 高萩 ここに電話をすればなんとかなるんじゃないかという、ある意味旅行に関わる「命の電話」みたいな。ですから皆さん、電話が長いのが特徴。旅行に行きたいが行けない気持ちを切実に話されます。 中村 三重県はわりとバリアフリー対応の場所は多い。たとえば、鳥羽水族館とか志摩スペイン村。車椅子で入れる温泉旅館もある。 高萩 それを考えると情報が手元に届いていないことを感じますね。 橋本 たまたま行った温泉に障害者用リフトあったんですが、そこのパンフレットには、どこにもそんなこと記載されてない。これでは知る手段がない。 高萩 それに情報は存在するだけではだめで、車椅子を使う人それぞれの事情が異なったり、考え方が違ったりするところに難しさがある。ある程度の段差は自分にはOKだが、ある人にはダメでもう出かける気がしないとか。 既成の価値観を打破してこその 中村 知事はバリアフリーをこころの問題として捉えていますが。 北川 本当の皆さんのこころのご意見をきくことが大事。同じ場所でも車椅子が使える人、重い障害で使えない人がいますが、それぞれが自己実現できる社会をつくっていくことが我々の仕事。 中村 高萩さんの会社もまさに同じ。旅行業者の感覚で商売していたのを生活者の視点で始めた。 高萩 私は自分が正しいと信じて、既存の旅行業とはまったく逆のことをしています。旅行業界はお客様の方を見ていないんですね。見ているのは航空会社であり、ホテル・旅館。 中村 それは施設や旅館もですね。旅行会社の方ばっかり見ている。 北川 市町村、県もそう。県や国を向いていた。生活者を向いてなかった。ルールもお金も制度も決めてもらい、そっちを向いていたら仕事になった。しかし、それは右肩上がりの未成熟の社会で成り立ったこと。それに気づかない人が圧倒的に多い。 ノーマライゼーションが体現された社会へ 中村 まさに「生活者起点」で作られたのが『おでかけ!チェアウォーカー』。溝口君も誌面作りに参加されたとか。 溝口 自分で手伝えるものなら手伝おうとおもい、参加しました。 中村 取材をしてみて気がついたところとかは。 溝口 同じ障害者でも僕は軽い方なので、自分がバリアフリー施設を使えるからではなく、他の障害者が使えるかどうかを考慮しないといけないと実感しました。他の人ならどのように使う、利用するかをです。 北川 『おでかけ!チェアウォーカー』を県庁の部長に配ったんです。とにかく民間のこういう発想でやったらどうかと。この本を全員購入しました。勉強のためにね。意識改革をしてもらわないと。 中村 それで実際、三重県観光連盟も変わってきた。 北川 小さなことからはじめる勇気なんですよ。 橋本 NPOやボランティアを意識せずやってましたので、気がついたらこんなに広がってびっくりでした。 溝口 普通ならこんな本があればいいなで終わっているんですが、実際につくってしまった。 北川 いままでは、障害者のためのバリアフリーとか、女性のための男女共同参画でしたが、じつは健常者にとっても、男性にとってもそんな社会がいいんだというところへ意識が変わっていかなくては。 中村 いままで障害者に対しては、アンタッチャブルなところがあった。手助けしようと 橋本 本を作るにあたり、障害者のことを何も知らずにはじめたのが、逆によかったかなと。私の場合、ブレーキどこにあるの、トイレどうするの、お風呂どうやって入るのとか全部聞きました。周囲に、素直に全部さらけだして教えてくれる仲間がいたこともありがたかった。 中村 それはアクティブに行動し、おもてに出てくる人たちだから。普通はどうなんでしょうね。 溝口 僕は入院しているときに車椅子バスケットに誘われて人前に出るようになりました。 北川 三重県庁には、いま職員が約7700人います。現在87%ですが障害者や高齢者の体験をしました。目隠ししたり、耳をふさいだり、車椅子に乗ったりして。まず、体験しようということです。これは職員全員に体験してもらいます。 中村 車椅子を体験するとチェアウォーカーの人に話しやすくなりますね、不思議なことに。 北川 先ほど申し上げたように、それが成熟した社会。障害者のためにやっているんじゃないんです。いっしょに生活することが健常者にとっても、とてもいいことなんです。そこで、みんながノーマライゼーションをわかるようになってきます。 高萩 うちの企画する旅行は障害者に限定せずにその家族も連れて参加したりするのですが、リフト付きバスや車椅子をすごく面白がるんですね、子どもたちは。 観光の原点はおもてなしのこころに 中村 海外に行くと、車椅子だらけです。どこに行っても。空港でいっぱいの車椅子を見て、車椅子の大会があるのかなんて(笑) 北川 日常の生活の中で街中に出ていますよね、いっぱい。 中村 なぜ、日本ではそういう光景は見られないんでしょう。 北川 まだ未成熟国家で、産業国家をつくる街の形態だから。 橋本 教育の面でいうと、親たちがおもてに出さない傾向があります。もう働かなくてもいいから、出なくてもいいからと。気持ちとしては出たいが、親には逆らえないという。 北川 学校というのは偏差値教育が圧倒的価値を持つ。平均80点以上の子を育てた先生が評価される。学校の使命は何かを逆転していかないと。先ほどの話にあった車椅子の子に接するような社会が健全な社会。 橋本 足の不自由な子が通う保育所があるんですが、その学年はすごく団結力があり、みんなでその子を助け合う。この学年の子どもたちはなんて頼もしいんだろうと実感します。 中村 今日のみなさんの話を聞いていて、一番大切なのは施設やハードとかじゃないなと。 高萩 旅行でよくタイに行きます。段差は多いし、一見、旅行はしにくそうなんですが、行ってみると物事がスムーズに運び、精神的ストレスがない。寺院など段差があるところへいくと、周囲にいる人たちがワァーと来て持ち上げてくれる。上まで行くと、またそれぞれに散って行く。その繰り返しなんです。 北川 ぜひ、伊勢・鳥羽・志摩もそういうふうにしてほしい。どこよりも美味しい料理、ホスピタリティを作り上げていかないと。もう、行政に頼っていたらおしまいです。 可能性を秘めたバリアフリー観光の今後 橋本 補助金があるから、条例等で決まっているから、だけで作られたバリアフリー施設は大事に使ってくれない傾向があります。キャンプ場に手作りでスロープを作った人がいるんですが、その人は「自分が勝手に作ったらきっと使えないものになるから、車椅子の人を連れてきて、使う立場から助言をください」と。 中村 三重県観光連盟も、橋本さん、溝口君たちの力を使っていま、バリアフリーのガイドブックを作っていますが、伊勢・鳥羽・志摩で僕らが考えているのが評価システムを導入したバリアフリー観光センター。「私の身体はこういうふうですが、どこか観光に行けるとこありますか」と尋ねられたとき、「あなたの場合でしたら、ココとココに行けますよ」ということを、案内できるようなセンターを作っていきたいと。 北川 行政というのは、どうしても「強み」「弱み」の「強み」には行きにくい。アベレージの論理が働くので。むしろ、民間の方が「強み」に焦点を当て、自分たちはこうするんだという意志を出しやすい。いままで行政は効率の悪い方を助けようというシステムできた。だから効率はどんどん悪くなる。この行政から脱皮しないとだめです。 中村 伊勢・鳥羽・志摩の観光における「武器」はいままでなら伊勢海老であり伊勢神宮でしたが、いまは新しい時代の新しい魅力が必要。 橋本 そこへ行って体験してみないとわからないという魅力があります。 高萩 情報がなければタイへ行こうとはおもわない。 溝口 それが本当の情報ですね。いままで情報といえば障害者仲間だけの狭い口コミだけ。 中村 情報といえば、もっぱら、ここの図書館が使えるとか。 橋本 どこそこの病院、会館が入れるとか。施設の情報ですね。 高萩 情報が点でしかない。三重県でも、単発でのバリアフリー施設が整ってきましたが、これが線とか面につながってきていない。情報を点でなく、線をつなげて面にしていくことが観光においては大事なこと。それには、特定の旅館やホテルだけが頑張ってもだめで、やはり地域全体で取り組んでいかないと。 橋本 それと、ただ単に伊勢志摩をバリアフリー施設で充実させるだけでは、他県とやっていることは同じです。もっと地域の魅力を出していかないと。 高萩 それはすばらしい着目点ですね。意外性って大事だとおもうんです。熊野にもすごくいいところがある。ただ、明らかに行きにくそうで、みなさん、あきらめていますが、来るとけっこう行けるよという話がわかれば。 溝口 行く前からあきらめるのは、車椅子の人が頭にバリアがあるから。 中村 じつは、熊野古道にバリアフリー古道を作る動きがあるんです。熊野の行政が海の横にその道を作ろうとしています。 北川 私が知らない間にCMが決まるし、熊野古道も勝手に決めてもらうし(笑)でもね、これがじつはバリアフリーなんです。役人には限界があることを役人が気づかないと。民にまかすと相当いい加減なことして困ることもありますが、そこは目をつぶって… バリアフリーのためです(笑) 中村 観光連盟が制作中の三重県全土を対象にしたバリアフリーガイドブックがあるんですが、この中でとてもいいのが「使えるトイレマップ」というもの。写真つきで利用可能時間までついている。これはいま、県の職員や観光連盟のスタッフが自発的に県内のトイレ施設を調べてまわっています。行政も変わってきたということですね。 発想の転換。すべては「気づき」が大切 北川 「生活者起点」を進めていくには、情報がオープンでないとだめ。それで、行政の悪いところどんどん言ってください、直しますよと。その代わり民間も悪いところ直しますよということ。そういう対等な関係を築かないといけない。 高萩 観光宿泊施設などそうですが、手すりやスロープつけるのにお金がかかるからと、補助金を口にし、行政の悪口ばかりではだめです。本当は来ても来なくてもいいんだけど、受け入れるのなら、誰かお金出してねという話でしかない。そういう発想の転換のできない人たちはそれでいいとおもいます。5年10年経たないうちに、たぶん市場から退場せざるを得なくなります。 北川 行政も気がつかないと。選挙に落選するとか叱られるということばかり気にするから「事無かれ主義」になるんです。だけど、10年先を見たらいま言ってあげることのほうが親切。その勇気を持とうと言っているんです。従来のみんな効率の悪いところに合わせるルールは見直すべきです。 中村 ユニバーサルデザインになるというのはそういうことですよね。どちらかを排除するのではなくて、アベレージを双方に延ばしてやる。 橋本 障害者団体の人たちのところへ行ったとき、はじめは私たちの活動にそんなこと無理だといわれ否定的でしたが、足を運んで私たちの活動を知るうちに、そんなバリアもなくなり、自分たちも何かやろうと活動するようになったんです。ずっと壁を作り続けていたものも、ちょっとしたものを一滴落としてやると何かが変わるような気がする。 北川 「気づき」なんですよ。こんなもんだという思い込みを打破するのが、私の仕事とおもっています。 橋本 今後、いろいろな意味でのバリアが取れてきたら、逆にいままで凝り固まってきた団体や壁を作っている障害者の人たちは、社会にでるのにだんだん肩身が狭くなってきますよね。補助金を出してほしいとか、障害者割引を作ってとか言えなくなってくる。 北川 じつはそれは大革命。政党が反対しますから。ケアすることにより票を得てきた経緯があるので。しかし、「生活者起点」とは一人ひとりの住民の方々が自立して主役になること。あと10年か20年経ったら、いまの社会のシステムは終わってしまう。だから、先にやっておいた方がいい。これは相当大きな議論です。日本の社会統治の仕方が、がらっと変わります。それの一番大きな原因は、ITです。情報がインタラクティブに同時に飛び交うわけですから。橋本さんひとり動きはじめたらその情報がどんどん広がりをみせ、進化していく。もっとあらゆる分野から、そのような人が出てくればとおもいます。我々が、いかにしてそういう仕組みを作り上げるか。それらが本当に整いはじめたときに、三重は一流県になれる。 中村 市民、行政、企業が動き出したら、あと動くのは社会だけです。これだけ熱心に三 (津市・津都ホテルにて) |